※当物語は心理学を元にオマージュしたフィクションです。
あれは2000年6月のことだった。
世界を騒がせたノストラダムスの大予言も不発に終わり、人類は何事もなかったかのように21世紀を無事に迎えていた。世の中はどこまでも平穏で、退屈なほど穏やかな空気が満ちていた。
尾崎孝之、30歳。彼はそんな時代の片隅で、絵に描いたような平凡な日常を過ごしていた。
「誰にも深入りせず、誰からも深く関わられない」
それが彼の生き方の美学であり、処世術だった。厄介事に巻き込まれるくらいなら、自ら存在感を消すほうを選ぶ。とにかく事なかれ主義で、平穏無事であることだけを第一に生きてきた。
友達の数は多くもなければ、特別少なくもない。たまに酒を交わす「親友」と呼べる人間も数人はいる。
大きな野心もなければ、深い絶望もない。残りの人生もこのまま波風を立てず、ぬるま湯のような日常の中で何事もなく過ぎ去っていけばいい――そう本気で思っていた。
あの異様な出来事に直面するまでは。
♢
そんな平穏な毎日を静かに消費していた孝之だったが、ある日、彼が何よりも恐れていた「厄介ごと」の芽が、目と鼻の先で芽吹くことになる。
会社からの帰り道、いつも利用している路線バスの中でのことだった。
夕暮れの薄暗い車内、奥の座席付近で嫌な緊張感が漂っていた。ひ弱そうで眼鏡をかけた男が、いかにも粗暴そうなヤンキー二人組に絡まれていたのだ。
年齢はいずれも高校生くらいだろうか。ヤンキー二人はダボついた私服姿で、絡まれている男の方はどこかの制服を着ている。同年代の嫌がらせにしか見えなかった。
「よくまあ、こんな人目のあるバスの中で絡むもんだ」
孝之は冷めた心地で心の中で呟き、そのまま黙って視線を外した。都会の日常において、この手の小さな摩擦は別段珍しいものでもない。関わればロクなことにならないのは明白だった。
周囲の乗客たちも、まったく同じ反応だった。
「自分でなんとかしろ」とでも言いたげな冷ややかな雰囲気が車内に満ちている。いや、正確には冷ややかですらない。乗客たちは不快なトラブルに巻き込まれまいと、絡まれている男に目線すら向けようとしなかった。ある者は携帯の画面に没頭し、ある者は文庫本から目を離さず、ある者はイヤホンの音量を上げて外界を遮断している。誰もがただ、彼らがどこかの停留所でさっさと降りてくれることだけを祈り、嵐が過ぎ去るのを待っていた。
そんな重苦しい沈黙の中、バスの運転手だけが業務上の義務からか、マイク越しに声を張った。
「車内でお騒ぎのお客さん、他のお客様の迷惑になりますのでおやめください」
ヤンキー二人は「チッ」と大きく派手な舌打ちを車内に響かせたが、それ以上は手を出すこともなく、その場はいったん収まったように見えた。
それからバスが幾つかの停留所を過ぎた頃、例の不良二人と絡まれていた男の計三人全員が、同じ停留所で降りて行った。
そこは、孝之が降りる予定の停留所のわずか二つ手前だった。
「案外、近所で揉めてたんだな……」
長年この街で暮らしている孝之だったが、あの三人の顔にはどれも見覚えがなかった。
バスのドアが閉まり、発車する。
窓越しに見えたのは、街灯の薄暗い影へと消えていく三人の背中だった。
♢
その不気味な出来事から一夜が明け、孝之はいつもと変わらない朝を迎え、いつも通り会社へと向かった。
午前中のデスクワークを淡々とこなし、待ちに待った昼休み。同僚と会社の近くにある安い定食屋へ入り、日替わり定食をつつくのが彼の長年の日課だった。
しかし、今日はいつもと少し違っていた。向かいに座る同僚が、唐揚げを口に運びながらポツリと言い放ったのだ。
「そういえばさ、昨日起きた殺人事件……お前の家の近くだよな?」
「……え? なにそれ」
「なんだ、知らないのかよ。ヤンキー二人に高校生が暴行されて殺された事件だよ。犯人のヤンキー二人は、被害者の財布から金を奪って今も逃走中らしいぜ」
孝之の手がぴたりと止まった。頭の中で、昨日の夕方の記憶が鮮明にフラッシュバックする。
(……あのバスの中にいた三人のことじゃないのか?)
胸の奥が不吉な予感でざわついたが、面倒なことに巻き込まれるのは御免だった。もし昨日見たと言えば、警察に証言しろだの何だのと話が大きくなるに決まっている。孝之は箸を動かし直し、なるべく無関心を装って返事をした。
「へぇ……そうなんだ」
薄いリアクションに、同僚も「相変わらず他人に興味ねえな」といった顔をして、それ以上その話題を追うのをやめた。ニュースで殺人事件が流れても、どこか遠い世界の出来事のように思える時代だ。孝之もまた、不気味な一致に一瞬焦ったものの、「まあ、自分には関係のないことだ」とすぐに思考の隅へ押しやった。
その日の帰り道、孝之はいつもと同じ時刻のバスに乗り込んだ。
疲れた体を座席に預け、ぼんやりと窓の外の街灯を眺める。バスが幾つかの停留所を過ぎ、ふと車内の空気が重くなったのを感じて、孝之は目線を上げた。
信じられない光景が、そこにあった。
――昨日と全く同じ場面が、目の前で繰り広げられていたのだ。
ひ弱そうな制服姿の男と、それに威圧的に絡む二人のヤンキー。
声のトーン、詰める間合い、怯える仕草まで、まるで昨日の録画テープを再生しているかのように寸分たがわず繰り返されている。
(なんなんだこれは……? 昨日死んだのは、あいつじゃなかったのか……?)
背筋に冷や汗が伝う。
乗客たちの無関心な反応も昨日と完全に一致していた。誰もが携帯を見つめ、本に目を落とし、見て見ぬふりを決め込んでいる。そして昨日と同じタイミングで、運転手がマイク越しに「車内でお騒ぎのお客さん……」と注意をし、ヤンキーが「チッ」と舌打ちをする。
やがてバスが止まり、あの三人は孝之の降りる二つ前の停留所で、吸い込まれるように降りて行った。
足取りも、降りていく順番すらも、何から何まで昨日と全く同じだった。
「世の中には不思議なこともあるもんだな……」
激しい違和感と不気味さに苛まれながらも、孝之は「見間違いか、あるいはよく似た別の誰かだろう」と自分に言い聞かせ、思考を強引にシャットアウトした。関わってはいけない。
そうして、その奇妙な二日目も終わった。
♢
翌日も何事もなく朝を迎え、孝之は会社へ向かい、いつも通り昼休みを迎えた。
しかし、昨日と違っていたのは、同僚の口から例の殺人事件の話が一切出なかったことだ。
少し気になった孝之は、デスクに戻ったあと、誰にも悟られないよう会社のパソコンでこっそりとニュースサイトをチェックしてみた。
(……事件の記事が更新されていない?)
画面に並んでいるのは、一昨日に起きた「高校生暴行致死事件」の古い記事だけだった。昨日、一昨日と連日同じような事件が起きているわけではないらしい。
「まさか、自分だけ時間がループでもしているんじゃないか?」と一瞬奇妙な妄想を膨らませていた孝之だったが、ただの気のせいだったと胸を撫で下ろした。事件が起きていないのなら、それに越したことはない。
――だが、その安堵は帰りのバスの中で無残にも打ち砕かれた。
夕暮れのバスの中。停留所を幾つか過ぎたところで、またしても「それ」は始まった。
1日目、2日目と全く同じ位置関係。全く同じ怒鳴り声。怯える制服の男と、ニヤニヤと威圧する二人組のヤンキー。
寸分違わぬ悪夢のような光景が、またしても目の前で再現されていた。
(なんなんだよ、マジで……!)
流石に鳥肌が立ち、猛烈な気持ち悪さが孝之を襲った。事件は増えていないのに、なぜこの車内だけ同じ出来事が見えるのか。
だが、事なかれ主義の孝之は、ここでも自身の防衛本能を優先させた。自分から声をかけて巻き込まれるリスクを冒す気など毛頭ない。それに、どれだけ不気味であろうと、自分が直接被害に遭っているわけではないのだ。
孝之は深くため息をつくと、意識して三人の姿から目を背けた。
車窓に映る流れる夜景へと無理やり視線を向け、彼らが降りる「二つ前の停留所」に到着するまでの時間を、ただひたすらにじっと耐え続けた。
周りの乗客たちも変わらず、誰一人として彼らを見ようとはしない。
この異常な空間の中で、全員が無関心を装い、ただ静かに嵐が過ぎ去るのを待っていた。
♢
それから数日が経過した。
相変わらず、帰りのバスの中「だけ」を除けば、孝之はこれまで通りの平穏な日々を過ごしていた。
流石に不気味さが極まった孝之は、ある日の昼休み、同僚にこの奇妙な出来事を打ち明けてみたことがあった。
「毎日帰りのバスでさ、同じヤンキー二人が同じ高校生をいじめてるのを見るんだよ。時間も降りる場所も全く同じなんだ」
しかし、同僚は呆れたように鼻で笑うだけだった。
「そりゃ、毎日同じ時間の同じ路線に乗ってんだから、同じメンツと鉢合わせることくらい普通だろ。あいつらも塾かバイトの行き帰りなんじゃないの?」
「いや、でも掛け合いまで一言一句まったく同じなんだ……」
「考えすぎだって。お前、疲れてんじゃないの?」
一蹴されてしまい、孝之もそれ以上は何も言えなくなった。「言われてみれば、そういうものかもしれない」と自分に言い聞かせようとした。
だが、2~3日ならまだしも、この異様な光景はすでに10日以上も続いていたのだ。会話のタイミング、運転手の注意、舌打ちの音まで何から何まで完全一致している。流石の孝之も、「自分は幻覚でも見ているのではないか」と自分の精神を疑い始めた。
不安に耐えかねた孝之は、念のため評判のいい心療内科を受診し、精密な診断を受けてみた。
しかし結果は「異常なし」。ストレスによる軽度の疲労を指摘された程度だった。実際、帰りのバス以外の時間――仕事中も、休日も、朝の通勤ラッシュも、彼は至って正常で健康そのものの生活を送れていた。
(あるいは……何か危険な闇の組織にでも狙われているのか?)
そんな映画のような妄想すら頭をよぎったが、平凡を絵に描いたような自分にそんな大層な陰謀が巻き付くはずもない。心当たりなど何一つなかった。本当に、全く身に覚えのない不可解な現象だった。
気味が悪くなった孝之は、実験的に帰宅ルートを変えてみることにした。
ある日はバスを使わず、駅から電車に乗って帰ってみた。
またある日は、夕風に当たりながら30分以上かけて徒歩で帰ってみた。
――予想通り、電車でも徒歩でも、あの気味の悪い現象は一切起こらなかった。ごく普通の、平和で退屈な帰り道だった。
「なら、もうバスに乗らなければいいだけの話だ」
……そう思っていたはずだった。
しかし、人間とは恐ろしいほど「習慣」に支配される生き物だ。疲れている日、雨が降っている日、少しでも早く家に帰りたい日。ふとした隙に、孝之は吸い寄せられるように、いつものバス停へ足を進めてしまう。
バスに乗りさえしなければ安全だと分かっているのに、「今日こそは元に戻っているかもしれない」という妙な逃避心と惰性に負け、彼は何度もあの空間へと戻っていった。
そうして、あの恐怖のバスに揺られ続け――最初に異変を目撃してから、ちょうど39回目(39日目)の乗車となる日のことだった。
尾崎孝之は、二度と帰らぬ人となった。
♢
その日、孝之はいつも通りに仕事を終え、何気ない足取りでいつものバスに乗り込んだ。
しかし、車内に足を踏み入れた瞬間、異様な違和感が彼を襲った。
車内の雰囲気が明らかに今までと違っていたのだ。
これまで38回もの間、あの忌々しい空間でじっと過ごしていた孝之は、乗客たちの顔や服装、持ち物までも完璧に記憶してしまっていた。だが、今日のバスに乗っているのは、その誰とも違う見知らぬ乗客たちだった。
(……抜けたんだ)
孝之の胸に、大きな安堵の波が押し寄せた。
あの悪夢のような呪縛から、ようやく解放されたのだ。明日もこの調子なら、完全に元の平穏な日常に戻れる。そう確信した。
停留所でバスを降り、自宅への道を歩く。
胸の仕かえが取れたせいか、足取りは驚くほど軽かった。無意識のうちに、いつもより早いペースで夜道を歩いていた。
その時だった。
「キャーッ――!!」
静まり返った夜の住宅街に、引き裂くような女性の悲鳴が響き渡った。
思わず心臓が跳ね上がる。
普段の孝之なら、トラブルを避けて一目散に逃げ出すか、関わらないよう遠回りをして帰るところだった。しかし、金縛りが解けたような開放感と、長引く奇妙な体験で感覚が麻痺していたせいか、吸い寄せられるように悲鳴のした方へと足を向けてしまった。
到着したのは、近所にある小さな公園だった。休日にたまに散歩で訪れる、ごくありふれた場所だ。
街灯がぽつんと照らす園内に入り込むと、人影はなく、しんと静まり返っていた。
だが、公園の中央、滑り台のすぐ近くに「何か」が落ちている。
……血だらけのナイフだった。
金属の刃にこびりついた鮮血の生々しさに、孝之の息が止まる。
その瞬間――
ドンッ!!
頭部に、ズドンと鉛でも叩き込まれたかのような猛烈な衝撃が走った。
視界が激しく揺れ、孝之は公園の砂の上に崩れ落ちた。
視界が真っ赤に染まり、意識が急速に遠のいていく。
かろうじて保った意識の中、必死に体を反転させ、自分の頭を殴りつけた人物を見上げようとした。
そこに立っていたのは――あのバスでヤンキーに絡まれていた、ひ弱な高校生だった。
顔を酷く歪ませ、凄まじい怨念と狂気を孕んだ目つきで孝之を見下ろしている。
高校生は地面に落ちていた血塗られたナイフを拾い上げると、次の瞬間、容赦なく振り下ろした。
ガクッ、グサッ、ザクッ――!!
「がっ……た、助け……て……」
腹部を深く抉られ、孝之の口から血の泡とともに掠れた声が漏れた。それが、彼が絞り出せた限界の叫びだった。
その声を聞きつけたのか、あるいは最初からそこにいたのか、公園の周囲からぞろぞろと人影が集まってきた。
薄れゆく意識の中、孝之は目を見開いた。
そこに集まっていたのは――
あの38回もの間、バスの中で高校生が痛めつけられるのを「知らん顔」で見守り続けていた、あの乗客たちだった。
携帯をいじる手、文庫本を抱えた姿、イヤホンをつけた耳。
あの車内で毎日のように目にした38人の顔ぶれが、寸分違わず全員揃っていたのだ。
彼らは円を描くように孝之を取り囲み、高校生がナイフを何度も振り下ろし、孝之が血の海に沈んでいく様を、ただ冷ややかに、無感情に「傍観」していた。
誰一人として叫ばない。警察に通報もしない。助けに入りもしない。
ただ、自分たちがバスの中でされてきたように、冷たい目線で、静かに殺戮劇を見つめている。
(あぁ……そうか……俺も……)
ずっと見ていただけの自分もまた、彼らと同類だったのだと。
「傍観者」だった自分に与えられた結末を悟りながら、尾崎孝之の瞳から、ゆっくりと光が消えていった。
♢
翌日、孝之の惨死劇はすぐさま地元のニュースや新聞で大きく報じられた。
しかし、その紙面と画面に躍っていた見出しは、あまりにも不可解で残酷なものだった。
『公園で30歳会社員が謎の自殺――深夜の怪』
報道によると、警察は事件性を否定し、「突発的な精神錯乱による自殺」として処理を進めているという。ニュース番組では、発見者や目撃者たちの証言が淡々と流されていた。
『第一発見者の証言』
「私が発見した時には、もうすでに事切れていました。自分で自分の腹部をナイフで突き刺していたようで、その手はしっかりとナイフの柄を握りしめていました……気味が悪かったです」
『通行人Aの証言』
「あの夜、男性が一人で公園の真ん中で叫びながら何かをしていました。周りには誰もいないのに、まるで誰かと殴り合っているかのように一人で身悶えしていて……見ていてゾッとして、怖くなって走って逃げてしまいました」
『通行人Bの証言』
「犬の散歩中に見かけました。ただ、一人で地面に寝転がっているように見えましたね。妙にうちの犬が激しく吠えていたのは覚えていますけど、不気味だったのでそのまま通り過ぎてしまいました」
――孝之の死は、一体何だったのだろうか?
本当に彼は長年の孤独と不可解な現象によって精神を病み、一人で発狂して自らの命を絶ったのだろうか?
♢
あの悲惨な結末の裏には、恐ろしい真実が隠されていた。
初日に孝之が乗ったバスにいたヤンキー二人とひ弱な高校生は、間違いなく「生きている人間」だった。そして同僚が話していたニュース通り、あのひ弱な高校生はその日のうちにヤンキー二人に暴行されて命を落とし、金を奪って逃亡したヤンキー二人も、その日の深夜に車にはねられて即死していたのだ。
つまり、二日目以降に孝之が目撃していたのは、時間のループでも幻想でもなく、死者たちの霊だった。
バスに乗っていた38人の乗客――彼らもまた、全員が幽霊だったのだ。彼らは過去に、周囲の無関心や無視によって見殺しにされ、怨念を抱いて死んでいった者たちの集まりだった。二日目以降、彼らが全く同じ姿で同じ行動を繰り返していたのは、事件の記憶に縛られた霊特有の習性だった。
初日、孝之は高校生が痛めつけられているのを「自分には関係ない」と決め込み、冷たく見殺しにした。
その態度に激怒した高校生とヤンキー二人、そして「傍観者」によって命を落とした38人の怨霊たちは、孝之を新たな標的として定めた。二日目以降も毎日バスに姿を現し、孝之が自らの罪に気づき、助けの手を差し伸べるかを試していたのだ。しかし孝之は最後まで関わりを拒み続け、逃げ続けた。
そして39回目(39日目)、運命の日。
孝之が聞いた女性の悲鳴は、霊が見せた幻聴だった。
誘い込まれた公園で、孝之は確かに霊たちに囲まれ、頭を打たれ、殺された高校生の手によってナイフで刺し殺されたのだ。
そして孝之が息絶えた後、霊たちは彼が自ら命を絶ったかのように見せかけるため、その手に冷たいナイフの柄を握らせ、夜の闇へと消えていった。
孝之が死の間際に見た「自分を取り囲む乗客たち」は、単なる傍観者などではなかった。
無関心という罪を犯した自分を裁きに来た、「傍観者へ復讐する霊たち」だったのだ。
目撃者たちの「一人で狂ったように暴れていた」という証言は、見えない霊に襲われ、必死に抵抗していた孝之の最期の姿そのものだった。
◇
心理学の世界で「傍観者効果」が広く知られるきっかけとなった、ある有名な事件。その現場には38人もの目撃者(傍観者)がいたと言われている。
あのバスに漂っていた「38人」の霊たちの数と、孝之が辿った運命。
それが果たして偶然の一致なのか、それとも抗えぬ因果の鎖だったのかは――今となっては、誰にも知る由がない。

